迫真の描写、陽光、人々のざわめき
景観画の巨匠本邦初の本格展
英国貴族がパトロンに
イタリアのヴェドゥータ(景観画)の巨匠、カナレットの日本で初めての本格的な展覧会「カナレットとヴェネツィアの輝き」が東京のSOMPO美術館で開かれている(12月28日まで)。
スコットランド国立美術館など英国コレクションを中心にヴェネツィアを描いた景観画の油彩や素描など約60点からなり、同時代の景観画家や近代ではクロード・モネの作品も展示している。
カナレットの絵は、ロンドンのナショナル・ギャラリーなど英国の美術館ではよく見掛けるが、日本ではそれほどポピュラーではない。しかし会場はかなりの入場者で賑(にぎ)わっていた。欧州旅行でカナレットの作品を観(み)たり、ヴェネツィアを実際に訪ねた人が多くなったことも影響しているだろう。昔からヴェネツィアは、欧州、特に英国の貴族の子弟が教育の一環として大陸を旅する「グランドツアー」で訪れる人気の都市だった。
カナレット(ジョヴァンニ・アントニオ・カナル)は1697年、劇場の舞台芸術家を父にヴェネツィアに生まれる。遠近法を用いて都市景観を細密に描く景観画で名をはせるが、南欧の陽光に照らされた水の都に魅了された英国貴族の子弟は、その思い出に景観画を買って帰ったのである。
その中からベッドフォード公爵など有力なパトロンも現れ、カナレットと英国の結び付きは強まる。カナレット自身10年近く英国に滞在し、ロンドンや地方の景観画を残している。今展が英国のコレクションを中心に構成されているのもそのためだ。
とはいえカナレットの絵は旅行者が買って帰る大型の絵はがきに留まるものではない。職人的な技術と誠実さを基に、高い芸術性を備えるものとなっている。鮮やかで、かつ深みのある色調は、ティツィアーノやヴェロネーゼなどヴェネツィア派の伝統を感じさせる。
輝く陽光の下、運河沿いの建物が細密に描かれ、大型の船やゴンドラ、作業をする人々など迫真の筆で描いている。臨場感、空気感にあふれ、じっと観ていると人々のざわめきまで聞こえてくるようだ。
「サン・ヴィオ広場から見たカナル・グランデ」(スコットランド国立美術館)は、大運河の両脇の建物の質感も巧みに表現され、船をこぐ人の姿態も生き生きと描かれた格調高い名品。しかしよく見ると右端に男性が壁に向かって立っているのが描かれている。
図録に解説も、「いったい何をやっているのだろうか」と触れているが、どう見ても立ちながら用を足しているとしか見えない。さらにその建物の3階のバルコニーには洗濯物らしきものを手にした女性が描かれている。幸い女性は遠くを見ているが、カナレットはこういう遊び心、サービス精神にもあふれていた。
「ロンドン、テムズ川、サマセット・ハウスのテラスからロンドンのザ・シティを遠望する」(個人蔵)は英国滞在中の作品。テムズ川にたくさんの船が浮かび、川の向こうにセントポール寺院のドームが見え、無数の教会の尖塔(せんとう)が林立する。金融街シティの昔を偲(しの)ぶ貴重な景観画だ。
同展は来年2月から京都市の京都文化博物館、4月から山口市の山口県立美術館でも開催される。
(特別編集委員・藤橋進)