壮大な米の歴史を描く

日本の食料で最も重要な「米」をテーマとする企画展「稲穂の詩(うた)~秋田と米づくり」が秋田県立博物館(秋田市金足)で開かれている。秋田では「あきたこまち」と「サキホコレ」が有名だが、ここに至るまでには苦難と克服の壮大なドラマがあった。
最初のコーナーは米の起源で、弥生時代前期の土器から籾殻(もみがら)の跡が見つかっている。江戸時代(1800年の初め)には秋田藩の移出量の約7割(毎年10万石)を米が占めた。多様な農機具が作られ、用水も多数開発されたが、農作業は厳しく、東北地方では冷害で20万人の死者が出たり、秋田では明治中期まで「腐れ米」の問題があった。
それらの改善に取り組んだ先覚者コーナーでは高橋正作、石川理紀之助(りきのすけ)ら4人を解説。政府は明治後期から乾田化と収穫後の乾燥を推進し、戦後、秋田は単位面積当たりの収穫量が全国トップクラスとなり米の名産地となった。未来に向けてはスマート農業や漬物、酒、米粉、さらに米の粘土やバイオプラスチックなど幅広い商品開発を展示している。
また水田を描いた絵画や写真の展示がある一方、水田で生きる鳥や昆虫、雑草のコーナーでは絶滅を危惧する声も取り上げ、秋田の米作りの歩みと人々の暮らしを見つめ直す企画となっている。
展示には同館資料に加え秋田県立大学、農業試験場、JA、金足農業高校などの協力があった。同展は12月1日まで。
(伊藤志郎)






