
縄文人の精神世界に触れる
死者と環境の再生願い副葬か
長野県茅野市(ちのし)の尖石(とがりいし)縄文考古館は、尖石遺跡をはじめ八ヶ岳山麓の縄文遺跡の出土品を収蔵・展示する考古館。展示品の目玉は、「縄文のビーナス」「仮面の女神」の愛称を持つ2体の国宝土偶で、「仮面の女神」の国宝指定10年を記念し特別展が開かれている。
そのユニークな造形や謎を巡り関心が高まる土偶だが、国宝に指定されたものは全部で5体。そのうちの2体が茅野市の遺跡から発掘され、同考古館に収蔵展示されている。2体の国宝土偶は、八ヶ岳山麓に栄えた縄文文化の象徴といえる。
最初に国宝に指定されたのは「縄文のビーナス」で、棚畑遺跡で出土し平成7年、土偶としては初めて国宝に指定されている。縄文中期(約5000年前)の土偶で、妊婦を表現し子孫繁栄を願う祭りに使われたと考えられている。
同館では通常、二つの国宝土偶を同じ部屋で展示しているが、今回は、「仮面の女神」のために一室を設け、発掘状況なども再現して全貌が分かるよう展示している。出土したのは中ッ原遺跡で、縄文時代後期(約4000年前)のものとみられる。
中ッ原遺跡は、住居数もトップクラスで、遠方からヒスイや琥珀(こはく)製のアクセサリーとともに大量の黒曜石(こくようせき)が見つかっている。矢じりなどの材料となる黒曜石を用いさまざまな地域と交流を行う拠点的集落であったと考えられるという。しかし同遺跡は縄文後期前半まで継続するが、その後、終焉(しゅうえん)してしまう。終焉の原因としては寒冷化など、環境の変化が考えられるようだ。「仮面の女神」は、その終焉直前に埋納されていた。
展示室中央に置かれた「仮面の女神」は、高さ34㌢と大型で、まず逆三角形の顔を持つ異様さに押されてしまう。しかし、これは顔ではなく仮面で、横と後ろから見ると、仮面を顔に着けるための紐(ひも)も表現されている。仮面を被ったシャーマン(巫女(みこ))を表現したものという。
「仮面の女神」は、墓と考えられる穴から出土した。これも珍しい例という。右足は人為的に壊された形で、墓の中に横たえられていた。その墓も変わっていて、被葬者の頭に土器を裏返して被せていた。これを「鉢被せ葬」という。中ッ原遺跡で出土した鉢被せ葬の土器8点も国宝に指定されており、今回展示されている。
「鉢被せ葬」は、縄文時代後期前半に諏訪地域や千曲川・信濃川流域を中心とした限られた地域で行われた珍しい葬法という。展示パネルには、「一部の人にのみ行われることから、集団内の特殊な役割・属性を持つ人物に対して行われる葬法だと考えられえる」と説明している。展示室には、「仮面の女神」と鉢被せ葬の土器がどのような状況で出土したかが再現されている。
仮面の女神がシャーマンを象(かたど)ったものであり、「鉢被せ葬」が特別な役割・属性を持つ人の埋葬と考えると、被葬者もシャーマンだったという推論も可能となってくる。
発掘にあたった守矢昌文氏は著書『国宝土偶「仮面の女神」の復元』(新泉社)で、「このシャーマンが死に、これを悼み、そして大切に祀られていた大型土偶を壊し、ふたたび元の姿に戻す儀式をへて副葬された背景には、死者の蘇り、急速に低下していく環境がふたたび豊かになるようにとの強い願いが込められた結果ではないかと想像できる」と述べる。
縄文人の精神世界に触れるこの特別展は11月4日まで。
(特別編集委員・藤橋進)