誕生から死、再生まで
年代順に構成して回顧

オルセー美術館は、ノルウェーの画家エドバルト・ムンクの全生涯の仕事を見渡せる「ムンク、生、愛、死の詩」展(来年1月22日まで)を開催中だ。
ムンク作品といえば心理学の教材にも登場する人間の不安や恐怖心を描いたとされる「叫び」が有名だが、所蔵しているオスロ美術館はすでに傷みの激しい作品の損傷を恐れ、門外不出なので、今回はその他の代表作が展示されている。
美術雑誌「コネッサンス・デザール」は、オスロ美術館の協力の下、同企画展のフランス側キュレーター、クレール・ベルナルディ氏に話を聞いている。彼女は「ムンクは、フランスではほとんど知られていないが、ある種の近代絵画の創始者で表現主義アーティストだ。豊かで力強く、非常にまとまりのある作品群であることに注目した」と述べている。
確かに19世紀半ば以降から1914年までのフランス近代絵画を中心に扱うオルセー美術館で、ムンクが生きた時代は重なっていても北欧美術は異質と言える。
ムンクの芸術家としての自然概念の認識は、全てが循環するというもので、まるで再生可能な循環を目指す今最先端の持続可能な開発目標(SDGs)と合致するような世界観だ。
ベルナルディ氏によると「われわれは、これまでオルセー美術館で開催されたことのない大規模で多角的視点を持つモノグラフ展をムンクに捧げたいと考えた」という。実は約30年前の1991年、オルセー美術館は「ムンクとフランス」展を開催し、ドガなどフランスの画家との比較を試みたが、フランス人がなじむことはなかった。
「フランスでもムンクといえば『叫び』しか知らない人が多いが、彼がどんな国籍でどんな時代に生きた芸術家かは知られていなかった。ところが彼は非常にパワフルで一貫性があるので、鑑賞者たちは彼の宇宙観に夢中になると考えている」とベルナルディ氏は語っている。
同展はムンクがしばしば言及した「生命のフリーズ」という誕生から愛、死、そして再生をベースに年代を追って回顧するように展示されている。鑑賞者はムンクが同じモチーフを繰り返し使い、毎回、絵のスタイルを変えることで「循環」という概念を徐々に理解するような流れになっている。
ムンクは、「心から始まり、人々に語りかける」芸術を目指したという。はっきりしていることは南欧にはない非常に人間の内面を表現することに終始していることだ。モチーフは同じでも、そこに込められた人間の愛、絶望、恐れといった感情が作品に満ちており、人生の苦悩もテーマとなっている。
われわれは生まれ、愛し、死ぬ、そして再生するというムンクの世界観は、人間共通のものだが、ムンクは宗教的な意味も含め、常にさまざまな角度から死を見詰めている。
ムンクの絵は暗いイメージがあるが、その原因の一つは太陽の乏しい北欧の風土も影響している。だが、彼は太陽を大切にし、光が隅々まで照らし出して全てを明らかにする大きな力を持つ自然の存在という視点も生涯持っていた。
(安部雅延)