芸術の記憶を破壊する強権
フランスが支援に本腰

世界中に残る芸術作品を含む歴史遺産は、歴史の記憶をとどめる役割も担っている。しかし、芸術はそもそも権力者崇拝のためのプロパガンダに使われたこともあり、中にはそれを破壊し、都合の悪い歴史を書き換えようという権力者や専制主義国家もある。
ロシアのウクライナ侵攻で砲撃にさらされるウクライナ全土の美術館、博物館は、破壊や作品の強奪の可能性が高いとして、ロシア軍が侵攻した2月以降、急ピッチに作品の避難が行われた。ロシア軍に制圧された港湾都市マリウポリでは、三つの文化施設から2000以上の美術作品が略奪されたとウクライナ当局は主張している。
5月に入り、ウクライナ最大の美術館であるリヴィウのナショナルギャラリーを筆頭にロシアへの抵抗を示すため、いくつかの美術館を再開館した。無論、ナショナルギャラリーが所蔵するゴヤ、ルーベンス、ラ・トゥールなどの巨匠の名画は隠されたままだ。
芸術文化に敏感なフランスは、ウクライナの美術館が脅威にさらされていることを受け、ウクライナ芸術支援に本腰を入れている。
首都キーウの北西に位置するイヴァンキフ市の郷土史博物館は、ロシア軍によって破壊された博物館の一つ。被害の中でウクライナの民族芸術家マリア・プリマチェンコ(1908~97年)の25枚の絵画が爆撃で破壊され、灰となった。彼女はウクライナ素朴派の代表格の画家。パリで活躍したピカソは当時、「芸術的奇跡」と彼女を絶賛していた。
ヨーロッパでの戦争では、芸術好きのドイツのヒトラーだけでなく、美術品の強奪が必ず起きる。さらにその国や地域の英雄の像が倒され、歴史的建造物も破壊される。目的は敵国のプライドを破壊し、国の財産を奪い取り、歴史を書き換えるためだ。だが、都市文明を構築して誇るヨーロッパでは、破壊された多くの都市が同じ形で再建されている。
都市は高度な政治・経済システム、技術、そして芸術が凝縮されている。美術館、博物館には世界から集められた美術品や金銀財宝が飾られ、オペラ劇場も高い文化の証だ。パリ南郊の700年にわたりフランスの主権者が住んだフォンテンブロー城では6月、アートフェスティバルでウクライナを取り上げる。
ロシアとドイツの抑圧に苦しんだウクライナの芸術は抵抗の精神に満ちている。ソ連時代に支配したロシアは「ウクライナは歴史に存在しない」と歴史を書き換えた。芸術は圧政の中で何度も破壊されたが、人々の平和への渇望を完全に破壊することなどできない。
米国際博物館会議委員会によれば、ロシア軍は意図的に美術館や記念碑を爆撃し、焼き払っていると指摘している。フランスの13の文化関連機関は3月からパリ在住のウクライナ人芸術家の作品発表や歴史遺産紹介の場を提供している。
パリに本部を置く国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産センターは、これまでに11カ所の美術館、54カ所の宗教的建造物、15カ所の記念碑を含む127のランドマークが破壊されたことを確認したとしている。
「ウクライナの歴史的文化遺産保護は、ロシアが勝手に歴史を捏造(ねつぞう)することを阻止する意味もある」とウクライナの遺産保護に関わるフランス人活動家は言う。ロシアは自国も署名した戦時の歴史文化遺産の破壊を禁じた1954年のハーグ条約に違反している。
(安部雅延)





