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「雲あれど無きが如くに秋日和」(高浜虚子)…


 「雲あれど無きが如くに秋日和」(高浜虚子)。最近、散歩をしていると、地域の神社の秋祭りや商店街の祭りなどの練習で、太鼓や笛などの音を聞くことがある。実りの収穫とともに、秋という感じがいっそう胸に迫る。懐かしい気がするのも、故郷の田舎で祭りが心躍るものだったからだろう。

 この時期、小中学校の運動会が行われているのを見掛けることもある。昔は、地域住民が集ってにぎやかだったものだが、最近は校門を閉めて児童・生徒や学校関係者しか入れないようになっている所が少なくない。それだけ学校をめぐる事件やトラブルが多いからだろう。

 運動会というと、気流子が子供のころは秋の風物詩だった。しかし、最近は春に開催される所も多くなっている。台風の襲来や秋雨などの天候悪化による順延や中止を避けるためでもあるようだ。

 それに、今年のように残暑が厳しいと熱中症の心配もある。運動会が始まったのは、明治時代以降と言われる。確かに、全体で秩序正しく行う運動会は、どこか国家的な行事という印象を受ける。

 その意味では、国民国家の形成を意図して「富国強兵」「国威発揚」「健康増進」などを目的につくられた行事の性格も持っていると言えよう。

 ヨーロッパからもたらされたもののようだが、日本的な運動会になったのは、騎馬戦などに象徴されるように、武士の鍛錬を兼ねた「鷹狩(たかが)り」などが背景になっている可能性もある。