世界日報 Web版

「虫聞くや音符にとつてみたくなる」(猪子…


 「虫聞くや音符にとつてみたくなる」(猪子生牙)。そろそろ秋の虫の声の時期だと思って、帰宅時間に街路樹や家の塀などの暗がりで耳を澄ませてみるが、細々とした声が聞こえてくるばかり。

 まだ本格的な秋ではないこともあるだろうが、少しばかり寂しい思いもする。といっても、秋の虫の声がしてもどの虫が鳴いているのか分からないので、セミのように聞き分けられないのだが。

 平安時代の才女・清少納言の『枕草子』を読んでいると、第43段に虫についての言及がある。「虫はすずむし。ひぐらし。蝶。まつむし。きりぎりす」が趣があって好ましいとしている。清少納言は好き嫌いがはっきりしているので、虫の中でも美しいものや鳴き声のきれいなものを挙げている気がする。

 ただ、平安時代の「すずむし」は現在の「鈴虫」ではなく「松虫」のことであると注が付いている。ややこしいが、要するに当時と現在とでは「すずむし」と「まつむし」とが入れ替わっているのだ。

 とはいえ、この混同については異論もあるので、確実なことは分からない。それよりも「みのむし」を「いとあはれなり」と述べているのは興味深い。

 なぜ、あはれと感じたかというと、ミノムシは鬼が生んで捨てたもので、その親を慕って「ちちよ、ちちよ」と鳴くからだという。当時は、ミノムシは秋の虫のように鳴くと信じられていた。風流な話だが、そのミノムシも今ではほとんど見掛けない。