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作家・太宰治の処女創作集『晩年』の中に…


 作家・太宰治の処女創作集『晩年』の中に「葉」という短編がある。死を思いながら思いとどまる男の話だ。お年玉に着物をもらう。麻の布地で鼠色(ねずみいろ)の縞目(しまめ)があり、「これは夏に着る着物であらう。夏まで生きてゐようと思つた」と記す。

 この文章を読んで衝撃を受けたのは同郷青森の作家・三浦哲郎。「死のうと思っている人間のいたわり深い優しさに強く打たれた」と語り、その一文が、自殺した肉親たちを恥だとしか思わなかった三浦の人生を変えたという。

 弘前市立郷土文学館企画研究専門官、櫛引洋一さんが「太宰治文学サロン通信」(第43号)で紹介している話だ。太宰は薬物中毒や自殺未遂、不倫などの醜聞でも知られるが、作品の人気は今も衰えることがない。

 三浦は太宰の作品に出会うことで、死のうと思って本当に死んだ肉親たちのことを素材にするようになる。太宰は苦しんでいる青年の心に強く訴えるものを持っていたのだ。

 政府が2019年版の自殺対策白書を決定した。自殺率は低下しているが、未成年者については1978年以降最悪で、深刻な状況が明らかに。白書は小中学生、高校生らの自殺原因を分析している。

 小中学生は「親子関係の不和」、高校生は「学業不振」「進路についての悩み」「うつ病」などが目立つ。太宰は今年生誕110年を迎える過去の人だが、表現されたその悩みは現代人とさして変わることがない。生きるヒントも隠し持った作家であった。