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兵庫県の教育長(59)が小学校長の集会で…


 兵庫県の教育長(59)が小学校長の集会で、県教育委員会の新任の女性課長を紹介した際に「女性だが男勝りの優秀な人」と発言。出席した一部の校長から「セクハラではないか」と批判が上がったという。

 教育長は「能力や人格が優れているとの趣旨だった」と釈明したが、出席者からは「性別の違いを強調する人権感覚はおかしい」との声も上がっており、「不適切な発言で反省している。言動には十分に気を付けたい」とコメントを発表した。

 「男勝り」とは「男にも勝るほど勝ち気でしっかりしていること」で、教育長の発言は「性別の違いを強調する」という内容ではない。むしろ、男女の共通性を前提とした発言だ。教育長は毅然(きぜん)とした態度を取るべきだった。

 半世紀ほど前になるが、1970年代の米国の女性解放運動でMrs.やMissという言葉は差別語だと攻撃され、Ms.という新語が生まれた。セールスマン、チェアマン、スポークスマン、果てはマンホールまでヤリ玉に挙がった。

 言葉狩りの運動の流れはやがて日本に来て、男らしさ、女らしさを否定するジェンダーフリー運動に火を付けた。特に、教育現場では日教組の運動方針の一つとして取り上げられ活発化していった。既に、この運動の影響は日常レベルにも表れているとみるべきだ。

 言語は自然の摂理が反映されて成り立ち、男性的な要素、女性的な要素の微妙な綾(あや)を含んでいる。それを否定しては言語は成立しない。