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小林秀雄(文芸評論家)、大岡昇平(作家)…


 小林秀雄(文芸評論家)、大岡昇平(作家)、江藤淳(文芸評論家)の3者の間には、戦後文学史上の多くの問題点を含む不思議な因縁がある。大岡は江藤に、小林論の執筆を勧めた。資料の提供も惜しまなかった。『小林秀雄』と題された江藤の論は1961年に刊行された。

 ところが大岡は、江藤の小林論に不満だった。このことを示す大岡の短文が、先ごろ刊行された大岡の『小林秀雄』(中公文庫)に収録されている。

 江藤の『小林秀雄』には、小林が慎重に避けた「観念的解釈癖」があって、それが欠陥だというのが大岡の言い分だ。

 今でも語り伝えられているのは、大岡は何らかの思惑があって江藤に小林論を書かせたのだが、江藤がその思惑を見破って小林論を書いたことが大岡を怒らせたという説明だ。江藤本人が見破ったのではなく、大岡の思惑を江藤に教示した人物がいたとの説もある。

 思惑がどのようなものかは不明だ。大岡自身が書けばよかった小林論を、当時若手の江藤に委ねた真意は何だったのか。3者共故人となってしまった今、真相は分からない。

 ただ、大岡が「小林グループ」中唯一の左翼であり、小林がそのことを苦々しく思っていたこと、そのことを大岡も苦にしていたこと、大岡が左翼に共感を示したことの原因が、一兵士として戦争を体験していた点にあったこと、そのあたりは確かなようだ。人間関係も含めたやりとりがあった昭和の文壇の一風景だ。