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「水音も風の音にも九月かな」(副島いみ子)…


 「水音も風の音にも九月かな」(副島いみ子)。9月に入っても暑さが続き、なかなか秋の気配が感じられない。「九月の声を聞くと、大気が澄み爽やかな秋の感じがようやく深くなる」(稲畑汀子編『ホトトギス新歳時記』)という俳句の歳時記の言葉が何とも空々しく思えるほど。

 とはいえ、異常気象が長い歴史の中で割合あったことは間違いない。かつての異常気象は、命の危機にさらされる作物の不出来につながり、飢饉(ききん)をもたらした。

 18世紀の天明年間の飢饉では、東北地方の農村を中心に、全国で数十万人から100万人近くの人々が餓死(がし)や疫病死したとされている。数字に幅があるのは、各藩が失政を咎(とが)められることを恐れ、被害を表に出さないようにしたからという指摘がある。いずれにしても、自然の猛威に抵抗できなかった時代の悲劇と言っていい。

 現代では科学技術が大きく発展し、異常気象で作物の不作があったとしても対処できる。たとえ国内で食料を補えなくても、海外からの輸入などで供給が途切れることはない。

 もちろん、こうした文明の恩恵を受けることができるのも、日本が繁栄を謳歌(おうか)しているからで、アフリカ大陸では旱魃(かんばつ)などの影響によって、いまだに飢餓や疫病で亡くなる人が少なくないのである。

 環境破壊や地球温暖化などの問題は、全世界的に重要な課題になっていることは間違いない。心して考えなければならない時が来たということだろう。