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「鳴きやめて飛ぶ時蝉の見ゆるなり」(正岡子規)…


 「鳴きやめて飛ぶ時蝉の見ゆるなり」(正岡子規)。鳴き声は聞こえていたのだが、姿は見えなかった。ところが、鳴きやんだ直後に飛び立ったセミははっきり見ることができたというのだろう。どんな種類のセミだったのだろうか。「説明的でよくない」といった批判もあるだろうが、それは重々承知の上で、子規はこの句を作ったと思われる。

 木に止まって鳴いているセミを目にすることは時にあるが、その姿を見る機会はそうそう多いわけではない。鳴き声を聞いて「今年もセミがいる」と知るのが普通だ。

 近所で判断する限り、今年ミンミンゼミ(涼しげ)の鳴き声が聞こえたのは去年より6日、東日本でも徐々に定着しつつあるクマゼミ(騒がしい)は9日、アブラゼミ(暑苦しい)は7日早い。ツクツクボウシはさすがにまだだ。

 去年に比べて1週間程度早くなっている。セミはセミなりに何かを感じ取っているのだろうか。この夏の猛暑と大いに関係がありそうだ。

 毎年セミが鳴いてくれるのはありがたい。ニイニイゼミのように、人によっては加齢の影響で聞こえなくなってしまう種類のセミがいるのは寂しい限りだが、他のセミが鳴いてくれるのだから贅沢(ぜいたく)は言えない。

 セミが鳴かないと「夏が来た」という感じがしないと言う人は今でも案外多い。季節感の上でセミは昔も今も大きな存在感を持っている。セミの声と共に記憶される公私の事柄も、それぞれ多いに違いない。