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復元工事を終えた名古屋城本丸御殿の一般…


 復元工事を終えた名古屋城本丸御殿の一般公開が始まり、連日多くの人が列を成している。1615年、尾張藩主の住居や宴席の場などとして建設された本丸御殿は、太平洋戦争中の1945年に空襲で焼失。約70年ぶりによみがえった。

 四季を表現したふすま絵や、鳥などが彫刻された豪華絢爛(けんらん)な欄間が鮮やかで、その空間の息遣いが今に感じられ、ため息が出る。3代将軍徳川家光が宿泊するために建てられた「上洛殿」や将軍専用の風呂場「湯殿書院」も公開されている。

 史実で名古屋城は大坂城と張り合って築城されたという。贅(ぜい)を尽くした造りは、豊臣家に対する徳川家康の気負いや野心をよく表している。またそう見れば、戦国時代に全国で一挙に増えた築城のゆえんも分かる。

 中庭近くには「清正公石曳きの像」がある。名古屋城は諸大名に号令した天下普請による築城で、天守の石垣普請を割り当てられたのは加藤清正。巨石を運ぶに当たり、石の上に乗り音頭を取る清正の姿が像になっている。

 「尾張名古屋は城でもつ」と言われ、日頃名古屋人には城が自慢の種だ。本殿修理中にも見学者をさばく多くのボランティアが繰り出したり、休日に行われる「名古屋おもてなし武将隊」の催しには若い人たちが多く参加したりしている。

 昨年は大政奉還から150周年でその舞台となった京都の二条城などに多くの観光客が詰めかけた。今年になっても「城ブーム」は続いていてうれしい。