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「名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実一つ…


 「名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実一つ/故郷(ふるさと)の岸を離れて汝(なれ)はそも波に幾月」。島崎藤村作詩「椰子の実」の冒頭である。1898(明治31)年の夏、愛知県・伊良湖岬に滞在した民俗学者・柳田國男が、浜に流れ着いた椰子(やし)の実を見つけて驚き、それを藤村に語ったのが元と言われる。

 椰子の実は、藤村の想像力と詩情を掻(か)き立て、ロマン豊かな名歌が生まれた。一方、柳田は黒潮に乗って南方産の椰子の実が漂着することに注目し、『海上の道』で、日本人と日本文化の原郷を南方に求める南方起源説を展開した。

 こういう漂着談もしかし、現代はかなり趣が違ってくる。台湾の北東部・宜蘭県で海岸を清掃していた小学生が水中カメラを拾い、電源を入れてみると画像データも残っていた。担任の教師がフェイスブックに投稿したところ、持ち主は東京の女子大生で、沖縄県・石垣島でなくしたものと分かった。

 黒潮はフィリピン諸島の東から台湾と石垣島の間を通って日本列島に沿うように北上している。この流れを考えれば、沖縄の島々か日本列島の南岸に漂着してもおかしくない。

 それが、黒潮を横断するようにして230㌔離れた台湾に漂着したのは、水中カメラが椰子の実と違って海面に浮かばないためだろうか。

 海流の研究者にとっては興味深い話かもしれない。流れ着いた水中カメラ。それほど詩情を掻き立てないけれど、ネット時代らしい台湾と日本のいい話である。