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「虎となり鼠となりて老いにけり」。勝海舟…


 「虎となり鼠となりて老いにけり」。勝海舟(1899年没)の辞世だ。昔は「虎」だったが、今は「鼠」になったという老いの感慨が素直に読まれている。

 同じような歌がある。「虎とのみもてなされしは昔にて今は鼠のあな憂(う)世の中」という宗尊(むねたか)親王の歌だ。鎌倉を追放され、妻子を残して京都に帰る心情を詠んだ。「あな憂」は「ああ、何とも虚(むな)しい」という意味と「鼠の穴」を掛けたもの。

 海舟の句より630年ほど前のものだ。親王は鎌倉幕府第6代将軍だった。「虎→鼠」を転落と捉えている。海舟の場合は「功成り名遂げた」後だが、親王は24歳。将軍として格別の業績があったとは伝わっていない。

 追放の理由は「謀叛(むほん)」とされるが、真相は不明だ。虎のような謀叛計画があったのかどうか。そもそも、謀叛を起こすような気概があった将軍だったのかも分からない。

 鎌倉幕府を実質支配している北条氏本家が、将軍の追放に成功したことだけは確かだ。北条氏が編集した『吾妻鏡』は、将軍追放の場面で完結しているが、真相については何も記されていない。

 「気に食わなければ皇子といえども追放」ということが実行されるのだから、北条氏の力は強かったのだが、それでもこのような強権発動の詳細を記録するのは避けたかったのか。北条氏の体質からすれば、陰謀じみたものがあったと考えるのが自然だ。将軍の後任には、宗尊親王の嫡男、惟康(これやす)親王が就任した。