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俳句の1月の季語を見ると「初」という言葉…


 俳句の1月の季語を見ると「初」という言葉の付くものが多い。「初鶏(はつとり)」「初鴉(はつがらす)」「初雀(はつすずめ)」、あるいは「初明り」「初日」「初空」「初凪(はつなぎ)」などなど。

 その背景には、初物を好む日本の伝統文化があるのかもしれない。江戸時代の「初鰹(はつがつお)」をめぐっての狂騒などは、その代表的な例と言える。旬のものに執着するのは、季節の移り変わりに合わせて生きてきたからだろう。

 とはいえ、さすがに今ごろになると新年気分もなくなりつつある。正月に立てた1年の計画や目標も、記憶から薄れる時期でもある。

 日記を書こうと思って日記帳を買い求めていたのが、そのまま放置している方もいるのでは。最近では日記もスマートフォンで書けるようになったが、それでも毎日続けるのはかなりの努力が必要だ。日本の伝統文学には、日記文学と呼べるものがある。

 特に平安時代は、先人の日記に記されたことを参考にして官僚が朝廷の儀式を行った。先人が日々の生活を記録したことに意味を見いだしていたのである。親から子へ日記が代々書き継がれていった。

 「初大師連れだちながらはぐれけり」(大野彰子)。「初大師」とは、新年最初の弘法大師(空海)の縁日のことだが、きょうがその日に当たり、東京近郊では川崎大師や西新井大師がにぎわいを見せる。気流子は大学時代、東武伊勢崎線西新井駅近辺に一時期住んでいたので、お参りする人々の姿が多かったのを覚えている。