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「秋雨の社前の土のよくすべる」(高浜虚子)…


 「秋雨の社前の土のよくすべる」(高浜虚子)。このところ朝夕が涼しいのに、日中は30度近くまで気温が上がるという異常気象が続いた。

 秋が秋らしくない中、時々雨に見舞われる。こちらは本当に冷たくて体の芯まで冷える気がするほど。雨は季節ごとに特徴があって興味深い。

 春の雨は暖かく、夏の雨は強い勢いがあり、そして、秋の雨はどこか寂しい感じがする。春と秋の雨は降り方が似ているが、その違いは、そこに情的な陰影を感じてきた日本人の美的感覚が反映していることかもしれない。

 稲畑汀子編『ホトトギス新歳時記』には「春雨という言葉は、古くから使われてきた艶やかさ、情のこまやかさをもっている。土をうるおし、草木を育て、暖かさをもたらす雨である」と書かれている。それに対し、「秋の雨」は「秋雨(あきさめ)は蕭条(しょうじょう)と降る。『春の雨』『夏の雨』とはおのずから違った寂しい趣がある」。

 この解説を読むと、日本人は春の雨に女性的な繊細さを感じ、秋の雨に男性的な感性を仮託したことが分かる。「蕭条」といった漢文的な表現自体、それをよく表している。

 日本人は春夏秋冬という季節に託して、人生観を育んできた面がある。春の誕生、夏の成長、そして秋の成熟、冬の死といった人生のサイクルを重ねてきた。秋は実りの季節であると同時に1年の清算の時である。今回の総選挙も安倍政権のこれまでの総決算とすれば、やはり秋にふさわしいのではないか。