世界日報 Web版

「しばしば禅の接心に参加して帰宅すると…


 「しばしば禅の接心に参加して帰宅すると、聖書が面白いほどよく分かるようになり、今まで難解で手に負えなかった聖句が、目から鱗が落ちたようにハッキリと理解できるようになりました」。

 先日亡くなった神学者で、上智大学名誉教授だった門脇佳吉さんにインタビューしたことがあった。門脇さんが『公案と聖書の身読』という著作を出して間もない1977年9月のこと。

 門脇さんは旧制中学時代に、臨済禅の師家だった校長から指導を受け、禅に親しんだ。大学卒業後、キリスト教徒となりイエズス会に入会。修練院の日課が禅の僧堂生活と似ていることに気付いた。

 西洋キリスト教の祈りは理性と想像力を活用していたが、東洋的方法では姿勢や呼吸を整える「からだ」による参学が基本。方向がまったく反対だったが、門脇さんは座禅がキリスト教的祈りによく調和することを発見した。

 修練院での修業は、イエズス会の創設者イグナチオ・ロヨラによる指導書『霊操』を実践すること。それがまた禅の接心と類似していたのである。その後、司祭となったが、新たに禅を大森曹玄老師に学んだ。

 門脇さんは自ら翻訳した『霊操』(岩波文庫)のあとがきで「私の『霊操』経験は禅的経験によって深化され、(略)聖イグナチオの神秘的経験から遠ざかることはなく、むしろより深く聖人の神体験を悟りえたように思う」と記す。『霊操』は西洋文化に絶大な影響を与えた著作だ。