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「梅雨の崖富者は高きに住めりけり」(西島麦南…


 「梅雨の崖富者は高きに住めりけり」(西島麦南(ばくなん)、1895~1981)。崖に梅雨の雨が降っている。崖を見上げれば、その上の方には経済的に豊かそうな人が住んでいる。この流れからすれば「崖の下には富者でない人が住んでいることが多い」ということになる。

 「高き」と言えば、昨今のタワーマンションが思い浮かぶ。階が上になるほど家賃や価格が高くなる。だが「それでも上の階に住みたい」という欲望はなくならない。

 時代は変わっても、分かりやすい句だ。私小説作家の嘉村(かむら)礒多(いそた)(1897~1933)にも「崖の下」という作品がある。東京の本郷辺りが舞台だった。

 崖の上と下では、自(おの)ずと貧富の格差が発生するようだ。格差は理不尽に見えるが、よくよく考えれば、理不尽でない人間社会が歴史上あったためしはないという現実はそれとして重い。

 もちろん、崖の上下という配置は四季を通して変わらない。ことさら梅雨を強調しなければならない理由はないのだが、この句の作者は、梅雨というありふれた季語と崖が持つどこかうら悲しい人間社会の現実を結び付けた。

 当今の俳句は写生が中心で、この種の「社会派」ははやらない。また、これ以上に「社会派」になってしまうと、戦前のプロレタリア文学風の迷路に入り込む危険もある。しかし、この句に限って言えば、こうした危険に直面しそうなところをうまく寸止めしている。心に残る名句だ。