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国会などの証人喚問と言えば、証人の「記憶に…


 国会などの証人喚問と言えば、証人の「記憶にない」という発言がおなじみだ。「そういう事実はない」と答えれば、後で発覚した時に困る。事実があったかなかったかも含め、自分の記憶の中にはないという含みがある。

 問いへの回答にはなっているが、真相に迫っているわけではない。微妙というか、玄妙というか、人間の知恵が生み出した言葉遣いだ。最近は学校の校長も「いじめの事実は確認していない」と答える。いじめが発覚しても、当初の段階では公になってはいなかったのだから、間違いではない。

 半面、本当に「記憶していない」こともある。重大な犯罪を犯したのであればともかく、日常普通に行っていたことが後日問題となった場合、覚えていないことは十分あり得る。

 追及する側は、問題について綿密詳細に調べ上げた上で質問する。しかし、問われた側が質問者と同じくらいの情報を持っているとは限らない。

 「これだけの重大事なのだから、記憶にないはずはない」などと言われても、今問題になっているから「重大事」なのであって、それを行った時点では、さほど重大なものとは認識していなかったことも多いはずだ。

 もっとも記憶の不確かさを利用して、実際ははっきりと覚えているのに「記憶にない」と逃げるケースもあろう。そこはもはや、どちらが勝つかの知恵比べになってしまう。結局、そんなあれこれの集合が人間の歴史なのだろう。