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「草萌(くさもえ)に柵塗るペンキこぼれをり」…


 「草萌(くさもえ)に柵塗るペンキこぼれをり」(高浜年尾)。季語の「草萌」は「下萌(したもえ)」と同じ意味で「草青む」ともいう。

 稲畑汀子編『ホトトギス新歳時記』には「冬枯の中に春が立ち、いつの間にか草の芽が萌えつつある。野原や園、庭や道端など、または垣根や石垣の間など、思わぬところに草の芽を見いだすことができる」とある。

 季語には、自然に接する生活から離れた現代人には、感覚的に理解できなくなったものもあるが、草萌は分かりやすい。土から芽を出した草が緑色になっている状態を指し、人をリラックスさせる効果もある。冬は寒いだけでなく、景色が冬枯れで暗く感じるので、それがほどけていくような気分になる。

 都会でも、公園や人家の庭、学校の花壇などに、草が芽生えているのを発見する。落葉樹は冬にことごとく葉を散らし、裸になった姿は寒々しいが、それでも、その下に草の芽が萌えている。枯れ葉の間からのぞく緑は生き生きしていて春の気配をまとっているようだ。

 かつて、昭和天皇が「雑草という名の草は無い」と言われたことがある。確かにその通りだ。ただ、いろいろな種類の草を区別を付けずに雑草と呼んでいるのには理由がある。昔の人は、食用や薬用、花の観賞用など、何らかの役に立つ草に名前を付けたのではないか。

 春は草が生長する季節だ。草だけではなく木の芽、そして日差しや水、風も春の到来を告げているのである。