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「五月の空の沾やかな頃、青葉は茂く、影涼しく…


 「五月の空の沾やかな頃、青葉は茂く、影涼しく、躑躅は既に散り果てて杜鵑花に名残を留むる頃、余のをだまきは首を低れ最もしなやかに咲き初むるのである」と内村鑑三は「余の好む花」で記している。

 花が好きだった内村は、花にたとえて人の心や思想を語ることができると言う。梅は端坐して平伏したくなり、サクラは人に媚びて華奢。バラは日本婦人ではなく、キクは帝王的と形容した。

 最も好きな花は5月のオダマキ。キリストを象徴するのはシャロンのバラだが、これはオダマキと同じキンポウゲ科で、オダマキもまたキリストを代表するという。謙遜で、品があり、淑女の貞操を添えている。

 花屋さんに尋ねてみたら、オダマキの入荷は決まっておらず、その日は置いてなかった。「をだまき」を短歌結社名に使っていた歌人がいた。作家・中河与一の妻、中河幹子(1895~1980)だ。

 国文学者でもあったので、結社名は伊勢物語に出てくる歌「いにしへのしづのをだまき繰り返し昔を今になすよしもがな」に由来したらしい。が、その生涯は内村の好んだオダマキを連想させる。

 短歌は芸道というより修道の一端であり、人間ができなければ浅いものになる。それが生涯を貫いた精神だった。晩年の代表歌「幾千の鳥ら葉かげにひそませて巨木一向に知りもせぬごとく」(『悲母』)で歌った巨木は、人と国を愛した母の愛を象徴している。