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日本国憲法は昭和21年11月3日、明治天皇の…


 日本国憲法は昭和21年11月3日、明治天皇の御誕生日にあたる「明治節」に公布された。憲法案は同年6月20日帝国議会に提出されて10月7日両院を通過し、公布の運びとなった。

 審議の焦点は国体と自衛権についてだった。金森徳次郎国務相は国体を「天皇を憧れの中心として、心の繋がりを持って統合している国家」とし「国体は変更されない」ことを強調した。

 国民の皇室への敬愛と国民主権との融合を主張して、それが憲法案に筋金を一本通したと言える。日本国憲法公布により平和と自由を目指す時代の機運は高まり23年、祝日法で「文化の日」が定められた。この日には皇居で文化勲章の親授式が行われ、この日を前後して文化庁主催の芸術祭が開催されるようになった。

 その後の目を見張る経済発展で、さらに自由と文化を享受できるようになったのは、多くの国民が実感する通り。

 ただし憲法には光もあれば影もある。もう一つの安保については、戦後、武装解除され陸軍省も海軍省もなくなって連合国軍総司令部(GHQ)の占領下での憲法論議だ。国家防衛について、人任せだったことは否定できない。

 その後27年の独立回復は、防衛行政当局の苦心の始まりであり、自民党の憲法改正論議の出発点もここにあった。その時々の時代背景を見据えて安保体制の強化を図ってきたが、今こそ「戦後レジーム(体制)からの脱却」を実現すべきだ。