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海幸彦と山幸彦の兄弟げんかは、日本神話の…


 海幸彦と山幸彦の兄弟げんかは、日本神話の中でもよく知られた話だ。舞台は九州の日向。同じ九州・長崎の諫早湾干拓事業をめぐる海幸と山幸の争いが泥沼化している。

 佐賀地裁はきのう、福岡高裁の確定判決が命じた諫早湾の開門調査を履行しない国に対し、漁業者側が制裁金を求めた「間接強制」の申し立てを認め、漁業者の原告1人につき1日1万円を支払うよう国に命じる決定をした。

 この問題では営農者の側も昨年11月、長崎地裁で開門差し止めを命じる仮処分決定を勝ち取り、今年2月には国が開門した場合に2500億円の支払いを求める間接強制を同地裁に申し立てている。

 前代未聞の訴訟合戦は、訴訟が必ずしも問題解決にはつながらず、事態を難しくする典型例になってしまった。責任は全ての当事者にあるというしかないが、やはり最大の責任は国と政治家にある。

 大局的な判断ときめ細かい措置を取ることのできる指導力のある政治家がいなかったことが泥沼化の原因だ。海を立てれば陸が立たず、陸を立てれば海が立たずで、結局は双方の主張に流されて前へ進むことができなくなる。

 一方、自治体から個人まで、権利を主張するのは当然という姿勢も問題だ。所有者や利用権を持つ人々に、海や干拓地を預かっているという意識はないのだろうか。そういう意識があれば、より調和的に利用する道も開かれてくるのではないか。