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【上昇気流】パソコンで文字を打っていると漢字変換に慣れてしまう


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 パソコンで文字を打っていると漢字変換に慣れてしまう。それで、手書きで漢字を書こうとすると、度忘れして書けなくなったことは誰しも覚えがあるだろう。

 日本語は、漢字と平仮名と片仮名で構成され、その表記の複雑さは外国人にとっては難しいと言える。もともとは日本語に漢字を当てていた。漢字の画数が多いので、奈良時代から平安時代あたりに漢字を崩して平仮名が生まれ、漢字の一部を借りて片仮名が使われた。

 いずれも、簡単に書けるように工夫した成果であり、漢字文化圏の影響を受けつつも、日本語の独自性を生かした先人の知恵である。

 漢字は主に知識階級が使い、平仮名は女性の私的な書に書かれ、そして片仮名は僧侶や学者などが漢字の解読のために使用していたため、どうしても漢字を用いる方が教養が高いという印象を与える。早い話、平仮名ばかりの文章だと幼稚に見えてしまう。

 かつて平仮名だけの詩を読んだことがある。それを見た人が「幼稚な詩」と言っていた。しかし、先入観を外して読むと、リズム感があり、また文字が音符のように見えたことを思い出す。

 平仮名の韻文で目を開かせられたのは、歌人の会津八一の和歌である。最初は平板な印象だが、よく読むと実に豊かなイメージを与えてくれる。「すゐえんのあまつをとめがころもでのひまにもすめるあきのそらかな」(「南京新唱」薬師寺)。会津は1956年のきょう亡くなっている。