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【上昇気流】落語家の柳家小三治さん


このほど亡くなった落語家の柳家小三治さんは、当代随一の噺家(はなしか)だった。追悼番組もNHKで幾つか放送された。

以前の番組の一コマ。「どうして落語家になられたんですか?」と後輩落語家の林家正蔵さんが質問する。この種のありきたりの質問はテレビ(NHKといえども)では約束事。同じ質問を平気で繰り返す。

生涯芸道を追求「余計なことは要らない」

イイノホールのこけら落としで行われた「にっかん飛切落語会」で高座を務める柳家小三治さん=2011年10月18日、東京都千代田区

回答する側も、そんなことは重々分かった上で、いいかげんに対応するのが普通。ところが小三治さんは、全てを承知の上で「物分かりのよさ」を拒否。正蔵さんの質問に笑いながらも注文を付ける。

「そういう質問は何度も聞いた」と回答した。テレビとはいえ「もっと気の利いた質問の仕方があるはず」との意味だ。顔は笑っているけれども「むしろ本心」と見る側は受け止めた。視聴者サービスばかり気にするテレビへの批判でもある。

そのあたりも、古今亭志ん朝や立川談志と同等の噺家のゆえんだろうと思った。名人と言われた6代目三遊亭円生(1979年没)を「すごいと思うが、心を揺さぶられない」と切って捨てるのも、円生没後の話ではあろうが面白い。

大仏次郎著『天皇の世紀』(73年に作者死去のため中断)を全巻読んだというエピソードも小三治さんらしい。400字詰め原稿用紙で1万枚弱という長さの読みやすくはない歴史小説だ。タレント化した落語家とは全く違う方向を貫いた小三治さんは、ある意味孤独な人だったようにも思えてくる。