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【上昇気流】戦前の教科書


終戦直後に「戦前の教科書に墨を塗って消した」という話が伝わっている。実際は、全国的に網羅的に行われたわけではないことが分かっている。だが、一部ではそれが実行された。

ダグラス・マッカーサー(写真:海軍歴史センター)

その事例が江藤淳の回想によって明らかになっている。平山周吉著『江藤淳は甦える』(新潮社/2019年)には、その間の事情が記述されている。1946年6月、連合国軍総司令部(GHQ)の大尉と、ジャンセンという将校の2人が、神奈川県の旧制湘南中学を訪問し、日本史教科書への墨塗りを命じた。

対象は日本史だけだったようだ。他の教科書は「お咎めなし」だった。引用されている江藤の回想には「墨塗り命令が行われた」とだけ書かれているので、江藤が墨塗りを実行したかどうかまでは分からない▼ただ、GHQの命令がなされたことだけは確かだ。不思議なことに、後にプリンストン大に留学した江藤が親しく交流したのがジャンセン教授だった。

プリンストン滞在当時、江藤はジャンセン教授があの時の将校とは知らず、後になってそのことを知った。この事実を江藤が、いつ、どんな具合で知ったかは不明だ。

その後江藤が、晩年近くなって米国の占領政策を批判する「占領下の日本」研究にエネルギーを注いだことは知られる通りだ。46年当時、江藤は14歳。いかに早熟な彼といえども、教科書に墨を塗ることの政治的意味に強い関心があったわけでないのは当然だ。