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「糸瓜忌や俳諧帰するところあり」(村上鬼城)。「糸瓜(へちま)忌」というのは正岡子規の忌日のこと。


正岡子規

正岡子規

 「糸瓜忌や俳諧帰するところあり」(村上鬼城)。「糸瓜(へちま)忌」というのは、明治の俳人で短歌や俳句の革新を行った正岡子規の忌日のこと。1902年のきょう、亡くなっている。辞世の句に「糸瓜」を詠んだことからこの名が付けられた。子規の筆名「獺祭(だっさい)書屋主人」から「獺祭忌」とも呼ばれている。

獺はカワウソのことで、獲(と)った魚を並べる習性から転じて、資料や本を散らかして並べている状態を示す意味となった。子規は晩年、結核で寝返りも打てないような中で、旺盛な執筆活動を行ったことからこの筆名を付けた。

ところで、結核は感染力の強い感染症であるにもかかわらず、子規は家族と起居し多くの門人や知人と対面した。しかし、彼の周囲の人たちが結核に感染したという話は聞かない。

そのあたりの事情を、小紙7月18日付読書面で文芸評論家の菊田均氏が『感染症文学論序説』(石井正己著)の書評の中で紹介している。それによれば「子規の使った食器は煮沸する。食べ残したものは廃棄する。客人には仕出し弁当を用意することも。今で言えばテイクアウトだ」。

子規は詩歌の革新をしたことで有名だが、感染対策も科学的で革新的だったことが分かる。

現在の新型コロナウイルス禍に対しても、子規の感染防止策は参考になる。マスク着用はもちろん、他人との交流において注意深く対処すること。子規の例は、基本的な習慣が大切なことを改めて教えてくれる。