世界日報 Web版

「冷えきりし西瓜の肌の雫かな」(池内たけし)…


 「冷えきりし西瓜の肌の雫かな」(池内たけし)。夏の果物といえばスイカである。気流子の子供時代は5人家族でスイカを食べたものだが、半分ほどは余って冷蔵庫に保管した。

 スイカは室町時代以降に中国から渡来している。中国ではスイカが西からもたらされたので、漢字で「西瓜」と名付けられた。江戸時代には、スイカを路上で売る風景が絵画に描かれるほど親しまれた。

 スイカの原産地は、アフリカなどの砂漠地帯らしい。かなり昔から食べられ、4000年前の古代エジプトの壁画にも描かれている。西暦1世紀のローマ時代には、博物学者のプリニウスがスイカは解熱効果があると『博物誌』に記している。古代エジプト時代には、果実ではなく種を食べていたという説もある。

 種を面倒に思って、そのまま果肉と一緒に食べる人もいるだろう。女性には吐き出すのが恥ずかしいかもしれない。俳人の稲畑汀子さんに「見られゐて種出しにくき西瓜かな」という句がある。

 芥川龍之介の「南京の基督」という短編には、冒頭にスイカの種だけを噛(か)んでいる少女の描写がある。それを読んで、気流子はスイカの種を食べるということに違和感を覚えたことを思い出す。

 スイカが現在のように甘くおいしいものになったのは品種改良の歴史がある。スイカ割りは夏の風物詩となっている。新型コロナウイルス禍にあって、最近はそんな光景もまれになっているのがやや寂しい。