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新型コロナウイルス禍でなくても、梅雨の時期…


 新型コロナウイルス禍でなくても、梅雨の時期は外出しないで家にこもっていることが多い。気分転換に昔の本を読み返してみると、示唆に富むものがある。

 樋口清之著『自然と日本人』(講談社文庫)には、自然に逆らうのではなく、それを生かして共生してきた日本人の姿が描かれている。その中で「湿気がつくった日本の伝統文化」が興味深い。

 万葉集に収録された舒明(じょめい)天皇の御製(ぎょせい)についての記述がある。香具山(かぐやま)に登って国見をした時に見えた風景に「海原(うなはら)は鷗(かまめ)立ち立つ」という表現があるが、奈良盆地から海が見えることはあり得ないため、これまで論議を呼んできた。

 これに対して、樋口氏は考古学者の立場から、標高50㍍以下に遺跡や古墳がないという発掘調査の結果に基づき、かつては奈良盆地が湖だったのではないかと指摘している。この説の真偽は分からないが、トロイの遺跡を発見したシュリーマンのような視点と言っていいかもしれない。古代人の歌、神話や伝説には、現実的な裏付けがあったことを樋口氏は確信しているのだろう。

 歌聖と呼ばれた柿本人麻呂の歌にも、別れて来た妻を偲(しの)んで自然の山に「靡(なび)けこの山」と命じたものがある。これは言霊(ことだま)を通して主観的な対象として山を詠んだからだ。

 呪術(じゅじゅつ)的な歌であり、それは舒明天皇の御製にも通じる精神でもある。歌はリアリズムではなく、心の真実を投影した「信仰的行事」(樋口氏)としても解釈すべきなのだろう。