世界日報 Web版

東京のJR三鷹駅南口から、遊歩道として…


 東京のJR三鷹駅南口から、遊歩道として整備された「風の散歩道」を玉川上水に沿って行くと、三鷹市山本有三記念館がある。この作家が昭和11年から21年まで、家族と共に暮らした洋館だ。

 庭園も建物も素晴らしく、見応えがある。今、開催されているのは企画展「『無事』という境地」(9月5日まで)。有三は22年に参議院議員選挙に立候補し、当選を果たして、祝日法や文化財保護法などの制定に尽力した。

 6年の任期を務めたが、その間に発表された作品が『無事の人』(24年)。あんまの為さんが紆余(うよ)曲折の人生を歩んだ末に「無事」の境地に至ろうとする姿が描かれていく。

 無事とは禅語で、作中に「臨済録」から「無事これ貴人」が引用されている。だが、為さんは無事を追求しようとすればするほど「さわり」が起こって、その境地から遠ざかる。展示ではその境地を探り、作品の魅力に迫る。

 題字は禅の大家、鈴木大拙が依頼されて揮毫(きごう)した。有三が禅語をテーマにしたのも珍しいが、その頃に書かれた大拙の著書『霊性的日本の建設』(24年)を読んでみると、大拙の期待も理解できる。

 日本が敗戦後、新しい日本を建設していくためには精神的な再建が不可欠で、この著書でその道を示そうとした。それは「力」によるものではなく「大悲」によらなければならなかった。大悲を大拙は英語でラヴまたはコンパッションと訳したが、有三もその運動を支えたのだ。