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母親が子供に対して「××してあげる」と…


 母親が子供に対して「××してあげる」と言うのはおかしいと江藤淳(1999年没)が指摘している。コラム集に収録されたものだ。「××してあげる」は、敬意を払うべき相手に対するもの。子供は愛情の対象ではあっても、敬意の対象ではない。

 「××してあげた」と第三者に向かって言うのは奇妙だというのが江藤説だ。コラムが書かれたのは77年。44年も前のことだ。そんな昔から「××してあげる」が使われていたのに驚く。77年は戦後32年。「戦後32年もたつと、こんな言い方が生まれてくるのか!?」とも思うが、現にそうだったのだから仕方がない。

 気になるのは、44年前は言葉についてこうした批判をする人間が、ジャーナリズムの片隅にであれ存在したという事実だ。

 44年たった今、「××してあげる」は普通に使われている。文句を言う人は少ない。いたとしても、このような人間は排除される。

 そうであれば「言葉の使い方について四の五の言っても仕方がない」と諦めて沈黙するしかない。批判や攻撃にさらされるのは面倒と考えてしまうケースも多いはずだ。

 「面倒な人間」と思われるよりは「寛容な人間」の方が好ましいとの風潮はどんどん強くなっている。「小言」という言葉も聞かなくなった。それでも現今の「ちょっとした言葉遣いに目くじらを立てるのはよろしくない」という流れの中、少数派を承知の上で「小言」を言うことも時に必要だ。