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まだ正月気分が抜け切れない状態だが、例年の…


 まだ正月気分が抜け切れない状態だが、例年のようなのんびりした雰囲気はない。どこか物足らない感じがするのも、昨年からの新型コロナウイルス感染拡大が終息を見せず、大みそかの終夜運転中止、初詣の自粛ムードと続いているからだ。

 コロナ禍で帰省もできず、海外にも行けず、家にこもっている人も少なくない。年末のあいさつで「正月はどうする?」という質問に、即座に「寝正月」と答えた同僚もいた。

 約120年前に英国のロンドンに留学していた文豪の夏目漱石は、明治34(1901)年のきょうの日記に「倫敦(ロンドン)の町にて霧ある日、太陽を見よ。黒赤くして血の如し」(岩波文庫『漱石日記』)と記した。

 留学生だった漱石は、異国の地で正月を迎え、孤独で心細かったのだろう。初日を拝んで正月を迎える習慣の漱石にとって、太陽にさえよそよそしさを感じて憂鬱(ゆううつ)だったかもしれない。

 室町時代の名僧・一休禅師は、正月について「冥土(めいど)の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」と述べている。コロナ禍で、ひとしおこの言葉が身に染みるようだ。

 時代を経るにつれ、少しずつ変わっていくのが正月風景。近年は行事が簡略化され、単なる休日のような気分が主流だろう。だが、伝統的な正月の風俗を色濃く残しているのが、歳時記。「元日」「松の内」「若水」「初春」「初空」などの季語が目白押しで、まだ正月風景が俳句の中に息づいているのは心強い。