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スペインの首都マドリードを初めて訪れた…


 スペインの首都マドリードを初めて訪れたのは30年ほど前で、パリからの夜行列車だった。明け方の窓外、暗闇の高原の遠くに人の住まいが分かるだいだい色の光に包まれた一角が見えた時の感動は今も忘れない。

 人が光を見て心に思うのは暖かな希望である。夏の夜に光に群がるのは虫たちだが、さえざえとした冬の夜の光に癒やされ慰められるのは人である。師走の初めからクリスマスにかけて、列島がまばゆいイルミネーションに彩られる光景は冬の風物詩としてすっかり定着した。

 新型コロナウイルス禍で不要の外出自粛が求められる中でも、人のまばらな離れた地点から駅前ロータリーや高層ビルなどの電飾光の饗宴を、静かに見上げたり眺めたりして楽しんだ人は多かろう。住宅街でも不意に壁や庭に電飾を灯(とも)した家を見掛けると、何か得をした気分になる。コロナ禍の閉塞(へいそく)感の中ではささやかな希望の光である。

 そんな歳末も、いよいよ明後日は大晦日(おおみそか)。寺院などの煤(すす)払い、会社では大掃除や仕事納めなど恒例の風景が見られ、スーパーではミニ門松や松飾りが並ぶようになった。

 <早く禍(わざわい)の年よ去れ!>の気持ちは強いが、年の瀬にはさまざまな感慨がある。<年の瀬を忙しといひつ遊ぶなり>星野立子。

 漱石には忙中の閑(かん)を詠じた、うらやましい一句がある。<行(ゆ)く年や猫うづくまる膝(ひざ)の上>。かと思えば、飯田蛇笏の一年を締めくくる荘厳な一句<父祖の地に闇のしづまる大晦日>も。