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「砂漠には何の障害物もない。無限と、…


 「砂漠には何の障害物もない。無限と、静寂とがある。座るだけで安らぎを得られる」と、フォトグラファーの小松由佳さんは著書『人間の土地へ』(集英社)で、シリアで体験した砂漠の素晴らしさを記す。

 小紙で書評を書いてきて、今年扱った本の中で最も感銘深かった一冊だ。こうも表現する。「夏の砂漠は身を焼くように過酷だが、朝夕、空と大地の色が鮮やかに移り変わる様は、まるで夢を見ているようだ」。

 これはラクダを放牧している青年が、砂漠の美しさを著者に語った言葉だ。小松さんは2006年8月、日本人女性として初めてヒマラヤのK2(8611㍍)の登頂に成功したアルピニストで、植村直己冒険賞を受賞。

 次に何をするかは関心の的だったが、登山の道には進まなかった。ポーターたちの慎ましい暮らしに触れたことで、人間の幸福について考えるようになり、草原や砂漠で暮らす民を訪ねる旅をする。

 08年シリアのパルミラで、後に夫となる青年ラドワンとその家族アブドュルラティーフ一家と出会う。両親の元に16人のきょうだいがいて、孫を入れると60人の大家族。その平和な生活ぶりが詳述される。

 だが11年3月、民主化運動が発生して各地で武力衝突が起こり、内戦に発展する。このノンフィクションはシリア内戦を内側から描くとともに、大家族がラクダの群れを失って解体し、難民となっていく物語だ。著者は登山より難しい冒険を体験する。