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「おれたちは同じ汽車に乗り合せたような…


 「おれたちは同じ汽車に乗り合せたようなものさ。前に乗り込んだ人が次々に降りて行く。新しいのが次々乗り込んで来る。途中下車をするやつもいる」。梅崎春生著『幻化』の一節だ。「途中下車」というのが強烈だ。「汽車」は蒸気機関車のことだが、令和の今、死語に近い。戦争体験が反映していることは確かだ。「おれたち」という語がそれを物語る。

 だが、戦争体験ほど明確でなくても、日常を生きる人間にとって、誰かが死に、別の誰かが生まれるという連鎖を考えれば、人間についての普遍的な真理を物語った言葉であることに変わりはない。

 シェイクスピアの『マクベス』は、妻の死を知ったマクベスが「人間は哀れな役者だ、舞台の上でみえをきっても、出番が終われば消えるだけ」と語る。梅崎も『マクベス』は読んでいたかもしれない。

 「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」(鴨長明『方丈記』冒頭)も趣旨は同じ。河であれ舞台であれ列車であれ、人間の生き死にのありようは、どうにもならない。

 人間が次々と入れ替わる。一人一人の人間は、個別の人生を生きるが、いずれは別の誰かと交代する。その繰り返しの果ての人類史は、今日まで続き、これからも続く。

 梅崎は『幻化』を発表した直後急死した。享年50歳は、亡くなった1965年7月19日当時でも若死にに属する。流行作家だったことはないが、一度読んだ読者にとっては忘れ難い作家だ。