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山本周五郎の「わたくしです物語」(新潮…


 山本周五郎の「わたくしです物語」(新潮文庫『町奉行日記』収録)に、こんな記述がある。「一年四季。春になれば花が咲きだす。咲きだす時期が来れば、梅、桃、菜種、連翹(れんぎょう)、こぶし、桜という具合で、契約したように次々と開花する」。陰暦月名「卯月」の4月は、花の名がつく月である。

 サクラのあとはハナミズキ、ツツジ、皐月(さつき)など百花が咲き、蝶(ちょう)が舞い、鳥も歌う。陽光が明るさを増す中、自然が輝く。

 人もこころを活発にし、いのちが輝く季節の到来を告げる。今月4日の清明(せいめい)は「清浄明潔」を略したもので、そんな春のすべてが生き生きとした頃をいう。次の穀雨(19日)は種まきの頃。

 自然だけではない。入学式や入社式など、新しい人生の門出ともなる月。釈迦の誕生を祝う花祭り(8日)とイエス・キリストの復活を祝うイースター(12日)。仏教とキリスト教それぞれにとっても大切な行事月である。

 春たけなわの4月は本来、明るい季節のスタート月のはずだった。それが今年はすべてが一変した。花を愛(め)でる楽しみやこれらの社会行事の多くが、世界中で猛威を振るう新型コロナウイルス禍を阻止する戦いのために自粛に追い込まれた。

 サクラの下や繁華街に繰り出すことなどを辛抱し、人との距離を取ってぎこちなく行動する不自由な生活がしばらくは続こうが、協力し合い、閉塞状態の克服に忍耐するしかない。サクラが来年も咲くように春は必ずやって来る。