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永田雅一(まさいち)という名前は、年齢の…


 永田雅一(まさいち)という名前は、年齢の高い人であれば知っていよう。永田は映画会社大映の社長であり、政界フィクサーでもあった。「永田ラッパ(ホラ吹き)」という愛称でも知られていた。

 笹山敬輔著『興行師列伝』(新潮新書/1月刊)は、永田の他、12代目守田勘弥、大谷竹次郎、吉本せい、小林一三を取り上げているが、破天荒な人物が多い興行師の中でも永田の存在は際立つ。

 昭和12年11月12日、京都の撮影所を出た俳優長谷川一夫は、暴漢にカミソリで左頬を深く切られた。長谷川は映画会社の移籍をめぐって揉(も)めていたところだった。彼は凶行の背後に永田がいることを確信していたが、永田は不起訴となった。

 その永田が戦後、大映社長として経営困難に直面すると長谷川は、永田の要請に応えて大映入社を承諾した。「仇(あだ)を恩で返す」のは不思議だが、当時(昭和24年)の映画界の怖さを長谷川はよく認識していたのだろう。

 長谷川は永田が事件の黒幕であることを確信しているが、そのことを永田が認識していたかどうかは不明だ。不思議な人間関係だが、興行師の世界にはその種の話はあり得たのだろう。

 昭和59年、長谷川は76歳で死去。翌年永田が79歳で亡くなった。永田を悪く言う人は多かったが、彼が本当に映画が好きだったことを証言する関係者は多い。この本で取り上げられた人物の誰もが、興行に関わる世界が好きでたまらなかった点で共通するのが面白い。