世界日報 Web版

「SNS(ソーシャル・ネットワーキング…


 「SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)は自由に表現できるので、自分にとってはありがたい」と、人気お笑い芸人がテレビ番組で語っていた。テレビでは発言がカットされるなど何かと不自由なことが多いが、その点でSNSは全く自由だとテレビで堂々と話していたのが印象に残った。

 カットされるのは、テレビ局を含む世の中には「編集」という機能が働いているからだ。この芸人が「SNSは自由」だというのは「編集からの自由がある」からだという確信があってのことなのだろう。

 半面、世の中には「全く自由な発言」なぞ存在しない。日常の中で普通にしゃべっていて「そういうこともあるだろうけども……」という反論に接することはしばしばある。

 発言が別の発言によって遮られたり、軌道修正されたりする場面もごく普通に存在する。このような反応も編集の働きだ。通常はそれを編集と呼ばないだけの話で、働きとしては同じだ。

 「自分の表現は自分だけが決める。他人の指図は受けない」というオールマイティーの発想は、言語表現の場面では実際には成り立たない。

 テレビよりはSNSの方が自由に言いやすいなど、メディアの特性による自由度の違いはそれぞれあるだろうが、しょせんは相対的な違いにとどまる。「何を考えているか分からない他人に向かって発言する」というのが、太古の昔から変わらぬ人間社会の現実のようだ。