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「生存闘争という言葉はよくないのかもしれ…


 「生存闘争という言葉はよくないのかもしれない」と、ある生物学者が書いている(更科功著『残酷な進化論』NHK出版新書/近刊)。闘争や争いを好まない日本人の最近の風潮を踏まえた見解ともとれる。

 「『生存闘争』の代わりに『自分の命を大切にすること』とでも言い換えればいいのかも」と更科氏は提案する。「生存闘争」と「自分の命の大切さ」は、言い方は異なるが、意味は全く同じだ。

 「有限な地球で生きることは、大学の入試みたいなものだ」とも指摘する。自分が合格すれば、他の誰かが不合格となる。それを「闘争」と表現するのも、それぞれが「自分の命を大切にする」と言い換えるのも、実際は同じことだ。

 木々の梢を飛び回る小鳥たちは、楽しそうに見える。だが、鳥たちがやっているのは「生存闘争」だ。直接闘っているわけではないが、よいエサを求めて飛び回っている。大学入試の現場で受験生が殴り合いをすることはないが、実際は争っている。

 そう言えば、40年ぐらい前は「受験戦争」と普通に言われていた。「戦争」だから「闘争」以上に厳しいイメージだ。受験戦争と言われなくなっても、大学受験をめぐる闘争は静かに続いている。

 もっとも人間の世界では、自分の命と共に他人の命を大切にすることも求められる。殺人事件は進化論に基づくものではなく、倫理観の低下の結果である。一方、さまざまな分野での競争が人類の発展に欠かせないことも確かだ。