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孤独という病


地球だより

 ドイツ週刊誌シュピーゲルに「ドイツも孤独で苦しむ国民が増えてきている。孤独対策の担当省を設置すれば」という趣旨の小記事が掲載されていた。「孤独対策省」の新設という発想はこれが初めてではない。メイ前英首相は昨年1月、孤独担当大臣を新設している。

 欧州で「孤独」という言葉を聞くと思い出すことがある。当方が35年前ごろ、ウィーンの外国人記者クラブに通っていた時、一人の老人が事務所でファックスの整理を担当していた。彼は年金生活者だったが、年金が少なかったので外国人記者クラブのファックス整理の仕事をもらい、小遣い稼ぎをしていた。彼は一人住まいだった。心配なことは、自宅で自分が倒れたときどうするかだった。誰も自分を見つけることができず、何カ月も自宅で死んでいる自分の姿を思うと「ゾー」とすると言っていた。

 しばらくした後、彼は笑顔をみせ、「倒れたとき、すぐに救急車で通知できる緊急連絡機をもらったので少し安心したよ」と語ったのを今でも鮮明に思い出す。彼も孤独な老人だった。だから、わずかな小遣い稼ぎより、外国人記者クラブで若い記者たちと会話する時間の方が大切だったはずだ。

 もちろん、孤独は単に一人だけという状況で湧き出てくるものではない。一人でも孤独を感じない人がいる一方、多くの人に囲まれながら孤独で苦しむ人もいる。メイ前首相は現代人を襲う孤独を「流行病」と言っていた。社会学者によれば、人間は本来、関係存在だ。出生、家族、社会、職場までさまざまなレベルの関係が存在する。その関係が崩れるとき、さまざまなネガティブな症状が出てくる。

(O)