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ドナウ川のアリラン


韓国紙セゲイルボ・コラム「説往説来」

 数万里の異国でも彼らの霊魂は寂しくなかった。韓国人26人をのみ込んだドナウ川で一昨日夕、切ない『アリラン』の歌声が響き渡った。追悼に訪れた1000人余りのハンガリー人が事故現場付近の橋の上で長い行列を作って「アーリラン、アーリラン、アーラーリーヨー、アーリラン、コーゲーロー、ノーモカンダ」と声を限りに歌った。

 ぎこちない韓国語の発音だったが、ヨハン・シュトラウス2世のワルツ曲『美しく青きドナウ』よりもっと荘厳なハーモニーだった。あちこちで涙をぬぐったり、互いに抱き合って肩をたたき合う、そんな人々の姿が目に付いた。

 アリランの合唱はインターネット交流サイト(SNS)の力が大きかった。ブダペストのある合唱団がフェースブックに犠牲者を追悼する合唱を行おうと提案することによって始まった。2人の娘を連れて追悼行事の場に訪れた母親は「ハンガリー人は一緒に悲しんでいる」と言って、涙ぐんだ。事故の後、橋の上に花とろうそくが置かれ始めた。太極旗(韓国国旗)を刺しておいたり、メッセージを残す人々も出てきた。橋の街路灯の柱には誰が吊るしたのか、黒い弔旗が風にはためいていた。

 詩人の金春洙は詩集『ブダペストでの少女の死』において、こう歌っている。「君は13歳だといった。君の死の前には、一輪の花も白い羽の一羽の鳩も飛ばなかった。君の死を抱えてブダペストの夜は声をあげてなくこともできなかった」。1956年のハンガリー革命当時、ソ連軍の戦車に踏みにじられて死んだある少女を哀悼した死だ。

 たとえ時代と理由は違っても、ブダペストの遊覧船事故の(犠牲者)名簿には韓国人の少女がいた。まだつぼみにすらならない6歳だ。母の手をつかんでぺちゃくちゃしゃべる白い笑いが目に浮かぶ。しかし、韓国の少女はその時のハンガリーの少女のように寂しくはなかった。63年ぶりに市民たちが歌う鎮魂の旋律がドナウ川をきれいに彩ったのだから。

 人間は死を哀悼する唯一の存在だ。私と関係のない人々の死まで一緒に悲しみを分かち合える。それが人間の尊厳性を示す明白な証拠となるはずだ。動物と人工知能(AI)には絶対できないことだ。ブダペスト市民たちの哀悼によって悲劇のドナウは“愛のドナウ”に生まれ変わることができた。ドナウ川は今も青く美しい。

 (6月5日付)

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。