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検察の涙


韓国紙セゲイルボ・コラム「説往説来」

 こんな日が来ると思っていた。時代が変わったことを実感させられる。検察が大韓民国検察の辞典にない謝罪を初めて行った。文武一検察総長(検事総長に相当)は、「検察が過去の権威主義政府の時代に、一部の時局事件などで法に基づく適正な手続きの順守と人権保障の責務を果たせなかった点について胸を痛めており、国民の皆さん方に対し深くお詫び申し上げる」と語った。透明性のある検察、開かれた検察のための捜査審議委員会の設置なども約束した。検察の歴史に深く残る事件だ。

 検察が今は後ろ指をさされているが、拍手喝采を受けた時もあった。参加政府の初代検察総長、宋光洙氏の時だった。彼は盧武鉉政府の人々から「検察改革に最も抵抗する中心人物」だと烙印(らくいん)を押されたが、国民からは(盧大統領も含む)聖域のない大統領選挙資金の捜査のため、「検察の政治的中立と捜査の独立を守り通した検事」と称賛された。ファンクラブまで生まれるほどだった。彼は退任式で、公職者不正捜査処の設置に反対し、検察との捜査権の調整を批判した。

 彼が在任中ずっと「検察の独立」という所信を曲げず、口癖のように繰り返した言葉がある。「検察総長が5人辞職してこそ検察が独立する」だ。彼の願いの通り、検察の独立のために職を辞した後任の検察総長は不幸にも1人にとどまった。宋光洙氏の後を継いだ金鍾彬氏の決起も前任者に劣らなかった。千正培法務長官(法相に相当)の検察総長に対する指揮権発動に反発して辞任し、「検察の政治的独立こそ、国民の願う真の価値」だと一喝した。検察の「検察の独立」運動はそこまでだった。

 「(道徳を守って)一時の寂寞(じゃくまく)を感じたとしても、(権勢に阿(おもね)て)万古に哀れな身となるな」(中国の古典『菜根譚』の一節)という先輩検事の苦言を片方の耳で聞いて聞き流したのだ。そうして改革の主体となれずに、改革の対象に転落した。

 「検察の改革」と「検察の独立」は本来、別の言葉ではない。検察は独立を願うだろうが、時代は検察の独立のための検察の改革を要求している。文検察総長が提示した刷新案は検察の起訴権・捜査権を前提にしている。二歩前進のための一歩後退だ。文検察総長は文在寅大統領の前で、「空の役割を果たすのは難しいというが、4月の空(の役目)だけを果たせるだろうか」と漢詩を吟じた。検察はいまだに「4月の空」なのか。

 (8月9日付)

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。