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北朝鮮海軍の機関銃


韓国紙セゲイルボ・コラム「説往説来」

 19世紀初めまでは、よく訓練された小銃の射手でも1分間に3、4発程度しか射撃できなかった。歩兵部隊の火力を強化するには戦場に動員する兵士の数を増やすしかなかった。各国の軍指導部は大量の火力を機械的に提供する武器をつくれば戦争の主導権を握ることができると考えた。こうして引き金を引くと弾丸が連続して発射される機関銃が発明されたのだ。

 米国の発明家たちが機関銃の開発を主導した。南北戦争の時にウィルソン・エージャーが製造した機関銃は外形が似ているため“コーヒー・ミル”ガンと呼ばれたが、1分間に100発まで発射できた。南北戦争が始まった1861年に試演をみたリンカーン大統領は、その場で10丁購入し、54丁を追加注文した。翌年、リチャード・ガトリングが発明したガトリング機関銃は現代的な機関銃の始まりだと言われる。六つの銃身が円形に配置され、レバーを手で回すと作動する。続いて1884年にハイラム・マキシムは世界最初の完全自動式の機関銃を発明した。このマキシム機関銃は火力が小銃100丁に匹敵するほど威力的だった。

 当時、大量殺戮(さつりく)兵器の筆頭だった機関銃は戦争の様相を変えてしまった。1898年、スーダンのオムドゥルマンの戦いは機関銃の恐るべき威力を立証した。イスラム軍5万2000人は旧式小銃と刀で武装し宗教的な熱情だけで英国軍の陣営に突撃したが、5時間の戦闘後、彼らの95%が死傷した。英国軍の戦死者はわずか48人だった。

 後に英国首相となるチャーチルは『モーニング・ポスト』紙の従軍記者として参戦し、「今日まで野蛮人に対して科学兵器が得た勝利の中で最も注目すべきだ」と報じたが、現場では非人間的な虐殺を慨嘆した。わが国にも類似の記録がある。1894年、東学農民軍約2万が公州ウグムチ戦闘で惨敗し、何日間も小川を血で染めたのは日本軍の新式機関銃のためだった。

 北朝鮮の海軍が黄海上の北方限界線(NLL)付近に配置した沿岸戦闘艦の老朽化した機関砲を口径12・7㍉の米国製ガトリング機関銃に交換しているという。かつての機関銃とは次元が違い、1分間に約2000発まで発射でき、最大射程距離は5~6㌔に達するため、接近戦でわが国の海軍に大きな脅威となり得る。北朝鮮が艦艇に地上軍の武器であるRPG7対戦車ロケットとATM4/5/6対戦車ミサイルを装着し、ステルス技術の適用を企てているという。NLL海域は南北軍事衝突の可能性が常在するだけに深刻な事態だと言わざるを得ない。

(6月29日付)

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。