「源義経の戦略」という表記に特に問題はない。義経は日本史上極めて稀(まれ)な軍事の天才だったからだ。だが、その戦略は軍事の範囲内にとどまるとも言える。義経は平氏との戦いで大きな功績を挙げたが、兄の源頼朝によって滅ぼされたからだ

頼朝は特に軍事の天才ではないが、政治の天才だったことは間違いない
垂(たるみ)秀夫著『「力の時代」を生き抜く 戦略的思考』(文芸春秋/近刊)を読むと、戦略は軍事が全てというふうには考えていないことが分かる。前駐中国大使の著者は、戦略を「国家戦略」と考えている
著者が外務省に入省したのは1980年代中ごろ。省内では戦略という言葉が使われる機会はあまりなかったという。「戦略などというのは、今どき余計な話」というような様子だったのだろうか。歴史的に日本は、外敵に侵略された経験が少ない。海によって他国と隔てられているという地理的条件が大きな理由だった
しかし21世紀の今、島国の日本といえども、1000年前と同じようなやり方で平和を守ることができるわけはない。著者が言うように国家戦略は当然必要なものだ。「経済も政治も情報も、軍事と同等に必要」というのが著者の見解だ
振り返ってみれば、戦前の日本では軍部の中で「作戦部」が一流とされた。「情報部」は二流として扱われた。このバカバカしい格差は敗戦に至るまで続いた。進めつつある現今の国家戦略も「Aはいいが、Bはいけない」というものであっては困る。







