トップコラムパタヤで戦場の汗を流す タイから

パタヤで戦場の汗を流す タイから

 タイ湾に面した小さな漁村にすぎなかったパタヤが繁栄したのは、半世紀以上前のことだった。

9月2日、夕日が沈むタイのパタヤビーチ(AFP時事)
9月2日、夕日が沈むタイのパタヤビーチ(AFP時事)

 当時、米国はベトナム戦争に参戦し、多くの米兵が北ベトナム軍と戦った。その米兵の保養地としてビーチリゾート・パタヤは使われた。

 そのパタヤに、対イラン軍事作戦に従事していた米原子力空母リンカーンを主力とした艦船4隻が9月初旬、寄港した。

 乗組員は総勢5000人規模だ。休暇は5日間。それぞれにバカンスを楽しんだ。赴任先の中東では250日以上もの長期間、勤務を強いられた。空母打撃群の乗組員は空に飛び立つのが主業務だが、中には精神がおかしくなり海に飛び込もうとした兵士がいたというから休養は必須だった。

 過酷な戦いを強いられた兵士にしてみれば、やっと手にした息抜きというわけだ。まあ、中東の戦場から帰国が決まった朗報に比べれば大したことはないかもしれないが、ともあれパタヤにはゴルフにマリンスポーツ、沖合にあるラーン島にはサンゴ礁に囲まれた美しいビーチもある。兵士たちはゆったりとパタヤで戦場の汗を流した。

 なお、パタヤを含むチョンブリ県を訪れる観光客は、年間2500万人を超す。観光収入は約2600億バーツと日本円にして1兆円を超す。チョンブリ県はバンコクに次ぐ、外国人観光客の多い人気スポットになっている。

 ベトナム戦争終結後、パタヤは一気に寂れそうになったが、ファミリー向けのビーチリゾート化を目指すなど努力を重ね、今日の繁栄を築き上げた。(T)

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