「待て、しかして希望せよ」――。フランスの小説家、アレクサンドル・デュマの大作『モンテ・クリスト伯』の最後の一文だ。巌窟王(がんくつおう)として知られる主人公、エドモン・ダンテス(後のモンテ・クリスト伯)が孤島の牢獄(ろうごく)で出会った老人から学び、後に若き人々に与える信条である
昨日から老人週間が始まったが、この季節になると、ついこの言葉を思い浮かべる。敬老の日(21日)は「老人を敬愛し、長寿を祝う」とされるが、それならば敬愛され、祝われる高齢者はどうあるべきか。気流子もその一人となって以来、そのありようを考えている
作中の老人はダンテス同様、陥れられて牢獄にいたファリア司祭。自分の不幸は何一つ語らず、脱獄するために4年かけて道具をこしらえ、2年かけて花(か)崗岩(こうがん)を崩し、地面の下を50尺も掘り進めていた。看守を殺して脱獄しようと考えるダンテスにこう語る
「たといそれが、ごくつまらない、やってのけてもかまわないようなことであっても、われわれの自然の本能は、われわれが、やっていいことからそれないようにいつも見はっていてくれる」(山内義雄訳、岩波文庫)
ダンテスは病に倒れた司祭の遺体とすり替わって孤島から脱出し復讐劇を始めるが、それを律するのがこの言葉だ
聖書に「いつまでも残るものは信仰と希望と愛」とある(新約「コリントの信徒への手紙一」)。デュマはこれをテーマにしたように思われる。「待て、しかして希望せよ」。高齢者にとっても考えさせられる言葉だろう。







