
これまで「信仰」や「宗教」、そして「日本の神道、仏教、儒学」について述べてきました。ここでいったん「道徳」と「現代の道徳教育」についても考えてみたいと思います。
■現代社会の深刻な現実
現代の日本社会を見渡すと、道徳観の低下がかつてないほど深刻化し、社会問題となっています。
インターネットやSNSの普及は生活を便利にした一方で、匿名性を盾にした激しい誹謗(ひぼう)中傷や炎上、他人の失言・過失を容赦なく叩(たた)く「私刑」が常態化しました。一時の承認欲求を満たそうとする行動も後を絶ちません。さらに、法的に禁止されていないという理由だけで平気で迷惑行為をする人や、立場を悪用して理不尽な要求を突き付けるハラスメントが横行しています。
これらの現象の根底にあるのは、「法に触れなければ何をしてもいい」「誰にも見られていなければ構わない」「自分の幸せのためには、他人に迷惑をかけても構わない」という利己主義です。
■学校における道徳教育の限界と弊害
こうした社会の荒廃を食い止めようと、2019年度から中学校では「特別の教科 道徳」が導入され、教科書を用いた指導が始まりました。しかし、現場では本来の意図とは異なる深刻な限界と弊害が生じています。道徳の教科化に伴い、教員が自身の価値観や特定の正しさを子供へ一方的に植え付ける「押し付け道徳」が問題となっています。

最大の問題は、授業が「先生が望む模範解答を当てる忖度(そんたく)ゲーム」に変質している点です。口先では立派な美徳を語りながら実際の行動には結び付かないという、二重基準(ダブルスタンダード)を幼い頃から身に付けてしまう危険性すらあります。しかも社会には、学校で教えられた道徳やルールを守らない人が溢(あふ)れています。
また、他者への思いやりや規則順守といった子供の「心の内面」を教員が評価する構造そのものにも無理があります。外から押し付けられるお説教のような道徳教育は、かえって子供たちに窮屈さや偽善への反発を抱かせる結果となっています。
近年では、「考え、議論する道徳」への転換が図られていますが、多様性が軽視され、自分の性格や個性を第三者の物差しで評価される理不尽さは、主体性の喪失にもつながります。そして、評価される側にいた子供が、やがて評価する大人になるという恐ろしい循環が生まれていくのではないでしょうか。
■「道徳」とは何か?
そもそも、「道徳」とは何でしょうか。道徳とは、英語では「モラル(Morals)」であり、哲学や倫理学においては、 「社会・集団」が共有する行動規範や秩序維持のための基準と考えられています。道徳とは、その社会が「どれだけ健全か」「何を正しいとしているか」という公徳心を測る尺度です。教科書などで決められた社会の公徳を道徳という名で「べき論」として個人に押し付けては本末転倒です。
もし、個人レベルで使うのであれば、倫理(Ethics / エシックス)を使った方がしっくりきます。倫理とは、主に「個人」が内面に持つ、生き方の原理原則や美学のことです。社会のルール(公徳)がどうであれ、「自分は人間としてどう生きるべきか」「何が善か」を自省し、主体的に問い続ける姿勢です。
また、個人の倫理観、原理原則で自分を律し生きていく姿を「修身」と呼ぶのです。正しい倫理観を持ち実践している人が多数いる社会が、道徳レベルの高い社会と言えると私は考えています。
幕末から明治初期の日本人を見た来日外国人の手記を読むと、日本の庶民が持つ「他者を尊重する倫理観」や日本の家庭や地域社会に力による強制ではない「自律的な倫理観」が根付いている様子に、多くの西洋人が「日本は西洋よりも精神的に進んでいる」と感嘆し、驚いています。
■日本人の道徳観念の変質
なぜ、近代までの日本は、倫理的で道徳水準の高い社会が維持されていたのでしょうか。いろいろな理由が考えられると思います。庶民には「神さま、仏さま、おかげさま」の精神があり、「お天道(てんと)様が見ている」という恥の文化もありました。そして規律正しい儒学の薫陶を受け、社会の模範となる武士もたくさんいたでしょう。しかし、状況は明治維新後に大きく変わりました。
前号でも述べましたが、明治政府は近代国家の統合を急ぐ中で、忠・孝・礼・勤勉・服従などを再編集し、武士だけでなく国民全体を対象に、儒教思想を基本とする「修身」を国家主導の教育科目として学校教育に取り入れました。教育勅語を中心とした忠君愛国や滅私奉公といった国家主義的な価値観と深く結び付けられたことで、修身は「国家のための従順な国民を育てる道具」という側面を強めていきました。これが日本の「押し付け道徳」の始まりだと私は考えています。
その後、第2次世界大戦の敗戦に伴い、連合国軍総司令部(GHQ)によって修身科は停止され、戦後は「修身や道徳は国家による思想統制・個人の抑圧である」という強いアレルギーが社会全体に定着しました。さらに戦後の高度経済成長とともに「個人の自由」や「価値観の相対化」が進むにつれ、共通の規範を語ること自体が「多様性の否定」や「価値観の押し付け」として煙たがられる土壌が完成してしまったのです。
日本の崩壊の原因は敗戦やGHQにあると、昔から言う人がいますが、日本の近現代の思想史をひもとくと、本当の原因がどこにあったのかが分かると思います。次回は、さらに「道徳」と「信仰と宗教」の関係に踏み込んでみたいと思います。
プロフィール
藤 宗現(ふじ・そうげん)
本名・藤重太。「宗現」は茶道の宗号。1967年、東京都生まれ、千葉県育ち。成田山(真言宗)が運営する成田高校を卒業。18歳で単身台湾に留学、国立台湾大学を卒業。現在は日本と台湾の交流アドバイザーなど顧問業を生業とする。台湾留学や日本語講師を経て、日本人としての自覚を強め、古き良き日本を探究中。35歳で仏門に帰依し、仏教を本格的に教わる。その後、「仏教だけでは日本の本質は理解できない」と考え、神道や儒学の研究も始める。「神さま 仏さま お陰さま」の神仏習合の精神を掲げ、日本の国史(主に思想史)、そして本来あった日本の信仰心や宗教心についての勉強会や講演活動などを行っている。








