二刀を用いる二天一流兵法の開祖、宮本武蔵(1584~1645年)は自ら著した『五(ご)輪(りんの)書(しょ)』に、13歳から29歳までにさまざまな流派の兵法者と60余回の勝負をして一度も不覚を取ったことがないと記している。京都の吉岡兄弟との果たし合いや佐々木小次郎との巌流島での決闘はつとに名高い

『五輪書』は地、水、火、風、空の5巻から成り、いずれも徹底した技術論だ。戦闘の際の姿勢や目付き、構えや武器を繰り出す拍子などを事細かく示し、兵法の道を大工の作業に例えている
大工は自分で道具を研ぎ、あるいは作り、大工箱に入れて持ち歩き、柱や梁(はり)を手斧で削り、床、棚はかんなで削り、透かし物、彫り物などは寸法を正確にし、隅々まで面倒なまでに手際よく仕上げる。兵法の道もそうあるべきだという(大河内昭爾訳『五輪書』教育社)
同時代の兵法家に柳生宗矩(むねのり)(1571~1646年)がいる。その柳生新陰流の秘伝『兵法家伝書』も同書に併せて載っていて興味深い。こちらは「殺人刀(せつにんとう)」と「活人剣(かつにんけん)」の上下2巻だ
宗矩は、武器は不吉な道具で天道はこれを嫌うというが、やむを得ず使うのも天道として「兵法は切るだけと思うのは心得違いである。人を切るのではない。悪を殺すのである。一人の悪を殺して万人を活かす計り事」と説いている
小泉進次郎防衛相の「兵法」はどうだろうか。国の守りは一敗も許されない。国民を活(い)かすために知恵を尽くしてほしい。







