山の雑誌「山と渓谷」(山と渓谷社)の9月号を手に取ってみた。「八ヶ岳」を特集し、テーマは「山小屋を訪ねて歩く」。山と山小屋をセットで取り上げ、かつて気流子が登った山々が新たな装いで紹介されていた

何が変わったのだろうと思い、考えてみると、つまり山は観光地になったのだと思い当たる。「八ヶ岳はスイーツの宝庫」というページには高見石小屋のコケモモタルトをはじめ、各山小屋のスイーツが並んでいる
個性派カレーの紹介や、グルメニュースのコーナーもあり、山の景色を満喫するとともに、食べる楽しみも大きな要素だと伝える。山小屋で過ごす時間も宿泊者の喜びとなった
ページをめくるうちに、いつからか編集方針が変わっていたことに気付いた。1970年代から手に取ってきたが、その頃ページをにぎわしたヒマラヤなど海外登山の話題や、岩壁登攀(とうはん)の記録は消えた
この号では、深田久(きゅう)弥(や)と一緒に登ったという作家・横山厚夫さんのエッセー「来し方行く末」が連載中。深田といえば代表作『日本百名山』(新潮社)のほか、没後刊行された『ヒマラヤの高峰』(全3巻、白水社)があった
彼の書斎「九山山房」を当時訪ねてきたのは、多くはヒマラヤ関係者。『日本百名山』が注目されるのは後のこと。現代では『ヒマラヤの高峰』を読む人は少ない。古書となった。この登山界の変化は社会の変化そのもの。装備は「ギア」と呼ばれ、困難さは山の概念から消えた。







